政治家と政治屋
東京都都議選が7月3日に告示され、12日の投票日を目前に各党の乱戦が続いている、国政の選挙である衆院選の前哨戦として位置づけ、政治家と政治屋の見分けもつかないまま国民は、その時々の演説を聞き、何となく正しいと思うので---、何となく常識的だから---等々、曖昧な判断のまま、時々の雰囲気により、投票所に向かってしまうのが大方ではないだろうか、問題だらけの今の政治の状況では、体制を変えれば---何となく良い方向へ変わるのではないだろうか、妥当性や実効性を検証するでもなく、「何となく」という気分に流される事ほど危険なことはない。それでも、大方の人は、党よりも人物による判断が多少多くなってきているようだ。
「政治は人なり」よき政治は良き政治家によって実現可能になる、良き政治家の条件とは、一言で言えば、国家、国民のために命懸けで働く大誠実の人でなければならない、口では、国のため、国民のため、と言いながら、自己の保身や私利私欲を追い求め、権謀術数の抗争に身をやつす議員のなんと多いことか、某政党の某代表などは、西松建設より多額の違法献金が発覚、裁判に持ちこもれても猶、釈明も出来ず、検察権力を誹謗中傷してはばからない、どうやら、裏には、議員の権力を行使して大型公共事業を独占させ、裏金の手段としていたことが明らかになった、にも関わらず、何の説明責任も果たさず、代表を辞任してしまった、すったもんだの末、次期代表が決定されたのだが、今度は身が潔白のはずの新代表に、きわめて、大掛かりな偽装献金が発覚した、献金の処理方法は個人献金として処理されているようだが、8割方嘘で固めてあるようだ、新聞の発表では、調べれば、調べる程、益々疑惑が深まっていくようだ、しかし、今だに、調査を繰り返すばかり、何の説明責任も果たしていないまま、他党の批判に明け暮れている現状だ、こんな人を我々は政治家とは云わない、政治屋と言うのだ、ろくな政策も出さず、国民の不安や不満につけ込んで、政権交代、政権交代と連発し、あまり政治に詳しくない国民は“一遍やらせて見たら”という気分をあおる、素直に解釈すると、これは、国民に対する冒涜であると言わざるを得ないし、国民に対する裏切り行為であると云わざるをえません。
政治家と政治屋の違いは当に、ここにあると云わざるをえないのです。どこの党が一番真剣で、誰が国民の苦しみに同苦し、誰が一番国民のために働いているか、ここをしっかりと見極めて、そして、どこの党が一番、国民のために汗をかいているか、を見極めて貴重な一票を投じようではないか。もう、そろそろ、騙されるのを克服しようではないか、政治は国民のためにあるのだということを、改めて認識しようではないか。
09年7月5日
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