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2009年5月

自分

 自分は、一体どこから来て、何者なんだろう、そんな疑問を持ったことはないだろうか、これから自分は何を目指して進めばよいのだろうか。若い世代には、常に、こんな疑問を自分に投げかけながら、なにものかに、日々を翻弄されながら生きている人が意外に多いのではないだろうか。最初から目的観をしっかりと定め目標達成のために全ての人生の軌道を確かな方向性で進んでいる人など数える程度かもしれません。
 君は一体何を話したいのか、と問われれば、何日も前の話になるのかも知れないが、こんな記事を読んだことがある、自分の力は、自分で測れない、どうしても過小評価しがちだし、どうしても小さく見積もりがちだから、苦労の壁にぶつかると人は、その手前に限界線を引いてしまう。壁を突破するには、力強く背中を押してくれる人が必要だ、と云うのである。
 当にその通りであるとおもいます、でも、過小評価して当たり前だとも思う、これが、過大評価でもしようものなら、周りのものに、自惚れるのもいい加減にしろ、と云われるかもしれない。結局のところ、自分を評価してくれるのは、周りの他人であり、背中を押してくれるのも周りの他人である、職業の問題にしろ、恋愛、結婚の成立にいたるまで、すべては他人による評価の価値の如何によるのではないだろうか。反面、この正義の信念だけは貫かねばならないという側面があることも否めない。
 このような、記事に関連して小説の一場面を思い出す、自分の師匠に、こんなことを言われた、「今度、君には理事をやってもらいたいと考えている、いいだろう。男は面食らって、いいえ、先生私は未だ日も浅く教学もありませんので理事なんて、とてもできません。とお断りしたところ、先生は、ほーー、君は自分の力が分かるのかね、たいしたもんだ!!」と云われた、事を思い出す、やがて、先生の言われたとおり、男は理事にもなり、立派に力をつけ、堂々たる人生を満喫するのである。自分の評価はなかなか自分ではできないものである。

09年5月17日

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(映画)男はつらいよ!寅さんに思う

 昨日の5月7日夜、NHKのBSで、久方ぶりに映画、男はつらいよ!寅さんのダイジェスト版を解説つきで放映しておりましたので懐かしく楽しませて貰いました。
「帝釈天で産湯をつかい・・・・・、姓は車、名は寅次郎、人呼んで、フーテンの寅と発します~~~」おなじみの、名セリフを聞くたびに、ドキドキするぐらい興奮したものです。役者、渥美清を主演とする、こうしたシナリオを書いた監督の才能というのか、天性というのか、山田洋次監督の東京下町の心意気を、かくも、このようなタッチで描いた、すばらしさには本当に惚れ惚れする思いです。48作もの、長編映画として続いた背景には矢張り人々の心を捉えて離さないユーモアと人間くさい下町風情が生々しく描かれていたからではないでしょうか。
 登場人物も殆ど決まっていて、寅さん、だんご屋のおばちゃん、おじちゃん、妹のさくら、そしてマドンナの女性、殆ど毎作、寅さんはマドンナに惚れるのだが最後にはマドンナには、心に秘めた人がいて、マドンナはその秘めた人との悲恋の悲しみを、空しさを、男、寅さんの胸をかりて埋めていたと言うような、そんな感じで描かれていて、最後には寅さんの恋はシャボン玉のようにパット消えてしまうのである。
 監督が話していたようであるが、本当は、15本か16本目かで、この映画を打切りにしようと思っていたようであるが、その辺のところを、山田監督は、寅さんが、テキヤ稼業で沖縄に旅をし、ハブに噛まれ毒がまわって寅さんは死んだところで、この映画を終わらせようと考えたのだそうだが、ところが、視聴者の猛烈な反対にあって結局48作もの長編映画になったしまったのだそうである。この映画に登場する寅さんを考えてみるに、実は、渥美清は寅さんそのものであったのではないか、と思えてなりません、彼は昭和3年生まれ、平成8年に肺ガンにより享年68歳の生涯をとじておりますが、戦争の悲しみと戦後の復興という苦しみのなかで、彼は大きなユーモアと笑いを与えてくれた、天性の俳優として今も人々のこころに焼きついているものと思えてなりません。
 振り返って見るに昨今の映像文化の低劣さには驚いております、時代の変化なのでしょうか、映画もSF的なものが多く、科学技術を駆使しての作品なのかもしれませんが、人間らしい楽しさが伝わって来ないものが多く感じられるようになりましたし、また、昨今の社会には本当のユーモアと笑いがありません。落語界等は別として、テレビなど映像をとおして目に入ってくるものは馬鹿らしいぐらいのものを感じております、あれは笑いではなく単なる馬鹿騒ぎです、また、テレビという映像文化にも、ほとほと呆れております、民放に至っては2分から3分おきに商社の宣伝が放映され、1時間の番組は半分をコマーシャルで覆われております。私も映画は大好きでありますが、これでは何を見ているのかわかりません。勿論、民放は視聴料を徴収していないし、スポンサーからのお金で賄われているのだから仕方がないという面も否めませんが、であれば、局の数はそんなに必要としませんので、むしろ視聴料を払って見た方が良いのかもしれません。
 もっと質の高い映像文化の構築と国民に心から親しまれ、国民に豊かな人間性の向上に寄与できる文化の構築に努めるべきではなかろうか、そろそろ、経済至上主義からは脱却して、精神文化の向上に努めるべきではと、痛切に感じてならない。

09年5月9日

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人生に終りはない

 先日、新聞で次のようなコラムを読みました、アメリカの女性スポーツ選手の話である。
名前は、ベーブ・ディドリクソン・ザハリアスと言うスポーツ選手で、彼女は、次のような言葉を残している、「勝つために、競って、競って、競い続けている。それが私の人生なんです」。彼女はスポーツ万能の選手。ロサンゼルス五輪(1932年)では、槍投げと80メートルハードルで金、走り高跳びで銀、バスケットボールでは全米代表に3度、選ばれた。野球では、投手として大リーガーと対戦。ゴルフでは、全米女子オープンなどプロ31勝。AP通信社が選んだ「20世紀前半最高の女子選手」にも輝いた。
 彼女は「上達しつづける限り、引退はしません」と語っていたそうである。全米ゴルフで3度目の優勝は、癌の手術後のこと。引退どころか、むしろ「障害がないと、ベストの力が出ない気がします」と、彼女は40代で早世してしまったのだが、引退することはなかった。
「生涯現役」「一生涯たたかう」と決めた人に「引退」の2字はないのだと云われている。人生だもの、職場を退職し引退することも避けられない、選手として引退することも避けられない、病に伏すことも避けられないかもしれない、暗黒の淵に立たなければならないこともあるかもしれない、しかし、人生に「引退」はなのだ。どこまでも、どこまでも、生きられる限り生き抜き、希望と生き甲斐を抱きつつ、我が生命を燃焼させて行く以外に、若さをたもつ秘訣はありえないし、そうでなければ人生は敗北に終ってしまうと、我が生命に常々言い聞かせ、生ける屍になってはいけないと懸命に生きている昨今である。

09年5月8日

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