時代
決して、慢心から云うのではなく宗教上から観察して、少々、時代を分析してみたいと思います、仏教と言えば、原点は釈迦(釈尊)が説いた教えということは誰でもが知るところです。
その、釈尊が一番民衆に教えたかったところの教えが法華経です、この法華経は1品から28品までで成り立っており、開経(かいきょう)と結経(けっきょう)を加えると30品(ぽん)から成り立っております。
その中に、「法華経方便品第2」というのがあります、その経文のなかに「五濁悪世」(ごじょくあくせ)と説いております、五濁ですから五つつあります、所謂、時代の濁り、人間の濁りを五つに分けて説いているのです。
1.劫濁(こうじょく)、劫濁とは時代そのものの濁りを云います。
2.衆生濁(しゅじょうじょく)、衆生濁とは民衆社会の濁りを云います。
3.煩悩濁(ぼんのうじょく)、貧瞋癡慢(とん、じん、ち、まん)等の煩悩からくる濁りを云いま す、貧はむさぼり、欲深く物を欲しがること、瞋は怒りをいい、癡はおろかなことをいい、慢は慢心をいいます。
4.見濁(けんじょく)、見濁とは思想、哲学の濁りを云います。
5.命濁(みょうじょく)、命濁とは人間生命それ自体の濁りを云います。
以上のようなことが「法華経方便品第2」の経文にとかれておりますが、総じて主体は人間そのものになるのですが、世の中が盛んに悪い状態のことを指しており、それを末法(まっぽう)といいます。現代の時代をつぶさに見ていくと、いかに、人間の精神が荒廃しているか、人間の精神の荒廃がまた、更に荒廃した時代を築いていくことになります。それが、益々エスカレートしているのが現在の世相であり、時代背景となります。では、どうししてこのような時代になってしまったのでしょうか、答えは簡単です、それは師の教えに背いて(即ち仏の教えに背いて)人間のエゴイズムを増長させていったからにほかなりません。それらは、魔の力となって人間精神を内側より破壊していくことになります。人間がこの魔力に打勝つためには、仏の生命による以外にありません。魔の働きも仏の生命には勝つことが出来ないのであります。今の現状では学者や、文化人が如何に高邁な言葉を述べていたとしても、一向に出口が見えないのが現状ではないでしょうか。本当の人間のための宗教が復興しなけれ問題の解決にはならないことを痛感します。
09年1月14日
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